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プロフィール
HN:
ミモザ
HP:
発足:
1999/11/27
事業:
障害児者の余暇活動と地域交流で社会参加を目指す
趣味:
施浴
自己紹介:
 YUYUYOUは障害児者デイ銭湯のボランティアグループです。
 1999年から京都市東山区の大黒湯にて午前中の貸切銭湯で障害児者の入浴介助をしていました。
 2024年にデイ銭湯は廃止となりましたが、2025年からは障害児者・保護者家族・介護者・ボランティアを包括した後継団体「湯。友」を立ち上げ、ブログも暖簾替えしました。
(YUYUYOUはボランティアグループとして継続中)
デイ銭湯の施浴ボランティア団体「YUYUYOU」  ⇒デイ銭湯廃止  ⇒デイ銭湯廃止後の交流団体「湯。友」のブログです。
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2018/03/17 (Sat)
今年最後、大黒湯に変わって2回目のデイ銭湯でした。
(3月は変則的に第3土曜日です)

男性の利用者の方で、お母さんが車で送迎のため、同性介助の現場では体調などの連絡が難しく、御利用以来、連絡帳を使っている方がおられます。
ノートには、追伸の体で、先般、春日湯の前を通ることがあったが、取り壊され、驚くと同時に淋しい気持ちになったと書かれていました。そして、お風呂屋さんの建物がなくなっても、自分と息子にとって、あの場所はいつまでも春日湯さんですと結ばれていました。

1999年の4月だったと思いますが、デイ銭湯が始まる前の準備会が春日湯デイ銭湯の黎明でした。翌月には試行事業として始まり、半年後の11月に本実施。
爾来、ボイラーが壊れたときと入院されたときに大黒湯に移した以外はずっと春日湯がデイ銭湯でした。

4月から新しい年度が始まります。第1回目は4月28日(土)。10時から六原大黒湯にて。




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2017/11/28 (Tue)
花園大学の歴史博物館と図書館は同じ建物にあります。というわけで白隠さんの展観のあと、図書館に立ち寄り、國譯一切經の經書部に収められている標記「佛説溫室洗浴衆僧經」の完訳を見ることができました。訳者の清水谷恭順さんの前書きによると、漢語訳には安世高訳と書かれているものの、仮託で、竺法護の可能性が高いがどちらにせよ2世紀ないし3世紀の古訳であるとされています。
中原(シナ文化圏)への佛教の伝来は1世紀と考えられていますから、印度由来の経典と考えていいようです。
昭和9年の訳文は文語なので、戸惑いますが、岡倉天心の「茶の本」の口語訳と文語訳を比べた場合に文語訳の方が理解においては優れていましたので、そのつもりで読み進めると口語訳で理解できなかったところが溜飲できました。
佛説溫室洗浴衆僧經は國譯一切經撰述部の経集部十四に収められています。私立図書館にはなく、府立図書館にもなかったものの総目次で収録されていることを確かめて花園大学に行ったのですが、それでも調べるのに手間をとらせました。図書館司書さんありがとう。

2017/05/11 (Thu)
白隠禅師法要の最中の妙心寺に明智風呂を見に行きました。

 明智風呂とは、太嶺院密宗が光秀の菩提を弔うために創建した浴室、本能寺の変の5年後であり、当初は小規模なものであったが、江戸時代になり、光秀の重臣の娘であり、家光の乳母となった春日局が開浴を知らせるの鐘を建立、春日の局の死後の1656年、光秀縁故の寄進により現存する浴室に建て替えられた。浴室玄関には寄進者の位牌が並ぶ。
 開浴は光秀命日の13日、月1回であったが、その後塔頭が増えたこともあり、4と9の付く日の開浴となり、昭和2年まで使われていたという。施浴は、薪代を寄進により行われ、薪代により追善供養する故人の命日や祥月命日に行われていたようである。
 井戸は屋外。石碑により屋内の水槽に給水され、水槽の向かいに鉄湯釜が2基並ぶ。室の下にも1基あり、その鉄湯釜で室に蒸気を満たす。竃はどれも石製である。並んだ2基うち1基は室下の鉄湯釜の給湯用、もう1基は上がり湯用として使われていたようだ。入浴時間は長い線香が燃え尽きるまでの20分程度、室には浴衣を着て入り、1人が使える湯の量は湯桶に3杯と決められていた。

 見学者が他にいなかったことも、11時を過ぎていたのに玄関の鍵が内側からかかったままで、井戸のある庭から入ることになったのも幸いでした。
 明智風呂を見学後、法堂で執り行われている法要を見学、終了後、花園大学博物館で開催中の白隠展に足を伸ばしました。それにしても、湯水を使う浴室が大きな改修もなく270年使われ続け、その後90年経っているとは思えない保存状態には驚きました。
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